本書では実際のノーリミットテキサスホールデムでのシナリオ分析をしながら、上手くプレイできそうなハンドをどう選ぶかだけでなく、選んだ複数のハンドがそれぞれ補完しあってお互いの強さを増幅すると同時に、お互いの弱さも補い合えるような選び方をも学んでいく。そしてその学習プロセスで、以下のようなとても役に立つコンセプトについて深く掘り下げている。
前作『ポーカーとゲーム理論』ではゲーム理論とエクスプロイト戦略について詳しく解説されており、どちらのアプローチがベストか決めるための十分な知識を手にすることができた。もちろん、ポーカーでは単純な話はめったにない。ハンドバリューはストリートごとに変化していくため、プレイヤーは現時点でのハンドの強さだけでなく、いろいろなボードの展開に対してそれらのハンドの強さや今後の状況も考慮しなくてはならない。第1巻でもそういう複雑な意思決定について解説されてはいるが、この第2巻ではそれらをより深く掘り下げて考えるプロセスが紹介されている。
第1巻と同様に各章でそれぞれのテーマにそった解説を行ったあとには例題、解答・解説が用意されている。実際のゲームでのプレイを例に用いて示されるのは、あらゆる場面でベストの決断を下して、ビッグフィッシュを上手く釣り上げたり、シャークばかりの中でも生き延びるための方法である。それらの方法を手にできれば、自分のプレイに自信をもって、プレイを正確に、そしてプレイを最適化していける。
本書からはこのポーカーという愛すべきゲームについて新たな発見を得られることだろう。それが、トーナメントだろうとキャッシュゲームだろうと、ハイステークスだろうとローステークスだろうと、オンラインだろうとライブだろうと。ハッとさせられるような新しい発見があるはずだ。
第1巻でのキーコンセプト(イントロダクションより抜粋)
『ポーカーとゲーム理論』の第1巻で議論の中心となっていたのは、両極化レンジ対凝縮レンジのダイナミクスであった。両極化レンジは超強い手と超弱い手でできているがその中間の手は入っていない。凝縮レンジはその真逆である。弱い手にはショウダウンで勝つが強い手には負けるような、中程度に強い手でできている。
ハンドの価値がもうそれ以上変わらなくなるだろう時点、実際のポーカーゲームでは主にそれは最後のベッティングストリートになるのだが、そこでのプレイはどちらのレンジもシンプルで単刀直入なものとなる。両極化レンジのプレイヤーは強い手全部でベットし、それと同時に弱い手を相手のコールを無差別にするぐらいの頻度でベットする。
無差別というのはゲーム理論では特定の明確な意味を持った用語である。無差別とはプレイヤーが2つ以上の戦略的オプションの間で、選好する選択肢がない状態を意味する。ポーカー用語で言えばそれは、それらの選択肢はどれも同じ期待値(EV:Expected Value)であることを意味する。
凝縮レンジのプレイヤーは、もしベッターがバリューベットとブラフとの間で正しいバランスを取れているなら、コールかフォールドかが無差別となる。このバランスはポットオッズとの関数で決まってくる。ポットサイズベットは2対1のコールオッズを作り出すので、ベットレンジにはバリューベット2つに対してブラフ1つが含まれているべきである。もしそれが達成されているなら、コールのEVは$0であり、フォールドのEVもまた同じとなり、このプレイヤーはコールかフォールドかが無差別となるようなベットに直面していることになる。
凝縮レンジのプレイヤーにはベットする誘因がない。彼女には相手に上の手をフォールドしてもらったり、下の手でコールしてもらったりを期待できないのだ。彼女にとって最適戦略とは、チェックしてもしベットされたら、相手のブラフを無差別にするような頻度でコールすることである。
そうなる頻度もまたポットオッズとの関数で決まってくる。ポットサイズのベットは1ユニットを勝ち取るのに1ユニットをリスクにさらしている。ここでいう「ユニット」とはポットのサイズを指す。凝縮レンジを持ったプレイヤーは、相手のそういうブラフベットを無差別にするためには半分の割合でコールしなくてはならない。それができていれば、彼は勝ち取る分と負ける分がちょうど同じになり、ブラフのEVが$0となるのだ。この$0というのはショウダウンで絶対に勝てない手でチェックするEVでもあるので、これらの選択肢の間で彼は無差別となるのである。
片方のプレイヤーが最適頻度でブラフして、もう片方が最適頻度でコールしたら、そこには均衡が発生して、どちらのプレイヤーも自分から一方的に結果を改善することはできない。どちらのプレイヤーも、相手の戦略が変わらない限りは、手にし得る最高レベルを勝ち取っているのである。もしどちらかのプレイヤーが均衡から乖離したら、例えば最適頻度よりもコールを増やしたりしたら、その時には相手には自ら自分の均衡から離れてそれにつけ込む(エクスプロイト)ことができる。この例ではブラフを減らせばいいのである。
均衡というのは何もどちらのプレイヤーにも優位性がないという意味ではない。単にそれぞれが自分の制約条件の下でベストプレイができているというだけである。実際問題、凝縮レンジは両極化レンジに対して固有の弱点を抱えている。ベットする機会というものが、両極化レンジ側のプレイヤーにとっての価値を作り出しているのだ。ベットによってEVが上がるのである。ポーカーはゼロサムゲームなので、ベットされた凝縮レンジ側のプレイヤーはその分EVを失うことになる。
無差別や均衡といったコンセプトはこのようなシンプルなケースにおいては概念化しやすいが、こうしたコンセプトこそがゲーム理論をポーカーに応用していく上での中核である。仮に君のほうで相手がある状況でどうするか予測がついているのなら、ベストの戦略は彼のプレイにつけこむこととなる。もし相手がリバーでブラフキャッチャーはフォールドするのであれば、バランスを取ることなど考えずに、弱いハンドで全部ベットを仕掛けていけばいい。
だが、相手が上手いとか相手がその状況でどうするか簡単には判断がつかないといった理由で予測ができない時には、つけ込みようがなくなる。そこで君にできるベストは相手を無差別にして、相手に利益の出るプレイをする機会を与えないようにすることなのである。
フロップでの上手くサイズ調整されたコンティニュエーションベットは、多くのハンドでのコールとレイズを無差別にするが、ただしその場合のEV方程式はブラフ頻度とポットオッズを比べるだけのシンプルな話にはならない。フロップでの決断にはそれ以外にも多くの要素が影響を及ぼすからである。このハンドはここから後のストリートで進展が望めるか? もしそうなら、さらにバリューベットできるか? もし進展しそうもないなら、利益の出るブラフの目はあるか?次のストリートで相手はまたベットしてきそうか? 等である。
PioSolverといったゲーム理論ソルバーソフトウェアはそれらの事柄に対して数学的正確さをもって説明ができる。人間の頭脳にはそれは不可能だ。だから我々としては、そうした複雑な要素を取り扱うには、ヒューリスティックスやその他思考のショートカットに頼らざるを得ないのである。
そうしたショートカットとして有効なのが、標的設定(ターゲティング)である。ベットする際には、どういうハンドにならそれで難しい決断を迫れるかを想定すべきなのだ。相手にとって決断の多くは簡単なものである。最強の手は絶対にフォールドしないし、最弱の手はおそらくフォールドするであろう。その中間にある手こそが君の標的であり、それらがどういうハンドかを特定することで、正しいベットサイズを選択して、ベストのブラフ候補の手を選び、どれぐらいまで薄いバリューベットを打っていけるかを決める手助けとなってくれるであろう。
標的設定はエクスプロイト型でプレイしている時に特に有効である。『ポーカーとゲーム理論』ではつけ込めるチャンスを特定して最大限利用するプロセスについても論じている。
それ以外に『ポーカーとゲーム理論』で論じられている有用なコンセプトにエクイティアドバンテージやナッツアドバンテージがある。これらは「レンジアドバンテージ」の名前でひとまとめにされることが多いが、実際には2つの異なるコンセプトであり、両者は必ずしも一対になっているとは限らない。
もしこれ以上ベッティングが行われないと仮定した場合に、勝つ可能性が高いプレイヤーはエクイティアドバンテージを持っている。強いハンド(必ずしも文字通りのナッツには限らない)を持っている可能性が高いプレイヤーはナッツアドバンテージを持っており、両極化レンジでベットできる。
現実のポーカーにおけるシナリオでは、レンジは厳密に両極化と凝縮に分かれているわけではない。君がナッツを持っていそうだという場合であっても、相手が強い手を持っている可能性は残っている。彼の強い手とぶつかるリスクは、君がオーバーベットや薄いバリューベットする能力に制約を加えるが、それでもインポジションゆえの情報面でのバリューはそれらをやりきるのを多少は楽にしてくれる。
レイズされるリスクの存在は話をさらに複雑にする。厳密に両極化されたレンジであればレイズされても問題はない。強い手のほうは難なくコールできるし、弱い手のほうは問題なくフォールドできる。レイズされて一番困るのは薄いバリューベットで、レイズされるとそういう手はブラフキャッチャーに成り下がってしまうのである。レイズに対してフォールドしたら、下のハンド相手にポットをあきらめてしまうリスクがある。だがコールすれば、上の手に余分に貢いでしまうことも多いのである。
様々なベットやレイズがそれぞれどのような役割を持っているか理解することは、どんなハンドを標的にするかを選び、最大限エクスプロイト戦略を編み出すための手助けとなる。例えばあるレイズが主に薄いバリューベットを懲らしめるという役割を果たすのだと分かっていれば、薄いバリューベットを打ってこない相手に対してはレイズは控えたほうがいいことが分かるのである。
均衡を理解することこそがエクスプロイト戦略でのプレイにおいてもカギとなる。これは『ポーカーとゲーム理論』における基本的メッセージであり、続編となる本書でも我々を導き続けてくれる考え方である。相手がミスしているのを認識するには、彼は本来どういう戦略でプレイすべきだったのかを分かっていなくてはならない。また最大限利益が出るようなつけ込み方を見つけ出すには、自分自身の均衡戦略が何か、そしてそこからどう乖離させればいいかを分かっていなくてはならないのである。
本書の使い方
本書は『ポーカーとゲーム理論』の続編である。第1巻で取り上げたコンセプトを基盤としているし、読者はそれらをすでに理解できているものとみなす。ここまでのセクションで『ポーカーとゲーム理論』におけるキーコンセプトをおさらいしたのは、第1巻を読んでしばらく経っている読者に、記憶を新たにしてもらうためである。
これらのコンセプトになじみがないのであれば、まずは『ポーカーとゲーム理論』を読んだ上で本書に進んでほしい。第1巻の内容を熟知した上でならば、ここから先へと続く各章でより多くを学び取れるであろう。
第1巻と同じように、本書ではそれぞれある特定のコンセプトに焦点を当てるべくデザインされたシナリオを中心として構成されている。シナリオの中には疑似ゲームと呼んでいる複雑さを抑えたバージョンのポーカーを用いたものもある。だがほとんどのシナリオでは実際のノーリミットホールデムでのハンドが用いられている。どのシナリオもレンジ構築のある側面に焦点を当てた仮想例であり、アウトオブポジションからどうプレイするか、自分にナッツアドバンテージがないのはいつか、というような側面が取り上げられている。そのために各レッスンは広く応用が利くようにできている。
本書はレンジという観点から考えられるようになるための本であって、アーリーポジションレイザーがビッグブラインドコーラーに対してどうプレイするかを学ぶための本ではない。
これらのシナリオから学習するベストの方法はゆっくりと取り組むことである。本書は小説のように受け身になって読むようにはできていない。本書は教科書のようなものと考えてほしい。各シナリオで立ち止まっては詳細な部分まで考えて、解説部分へと読み進める前に自分自身で質問に答えを出しておけば、より多くの情報を記憶に留めることができるであろう。
ほとんどのシナリオは独立しており、そのシナリオにだけついて考えても十分意味が通るようにできている。だがこれらのシナリオで最も興味深い部分は、シナリオとシナリオの間で何が変わったかであり、そこでは2つのシナリオ同士の違いで何が重要かという点にスポットライトが当てられている。だから、特に初めて読む場合には順番通り通読してほしい。
各シナリオで重要なのは、それぞれの詳細な部分よりも、その詳細に至るまでのプロセスである。言葉を換えて言うなら、あるプレイヤーがコンティニュエーションベットにコールやレイズをするかの厳密な頻度はハンド毎の状況次第で変わってくるのだから、そうした数字を丸暗記するのに頭脳エネルギーの無駄使いはすべきではない。それよりもどういう要素があるプレイヤーのレイズ頻度を上げ下げするのに影響を及ぼすか、どういう要因によってあるハンドがレイズに向いたり向かなかったりが決まるのかといったことに注目すべきなのだ。そういう知識こそが実際のポーカーテーブル上で、より良い決断を下すための手助けとなってくれるのである。
著者紹介
◇著者 アンドリュー・ブロコス(Andrew Brokos)
過去15年以上の間、ポーカープロとして活躍し、数えきれないほどのキャッシュゲームでの勝ちや、メジャーオンライントーナメントシリーズでのファイナルテーブル、3回のWSOPメインイベントでのトップ100位への入賞を収めてきた。コーチとして、あるいは人気配信「Thinking Poker」ポッドキャストのホストとして、複雑なコンセプトを誰でも理解できるよう説明するその力量を高く評価されている。著作は本書の第一巻となる『ポーカーとゲーム理論』(パンローリング)のほかに『Essential Poker Concepts』などがある。
■原書 『The Poker Mindset: Play Optimal Poker 2 ―― Range Construction』
◇訳者 松山宗彦 (まつやま・むねひこ)
ニューヨーク州立大学バッファロー校経営大学院卒。在米生活14年の間にアメリカの爆発的ポーカーブームと出合い、ポーカーにのめり込む。帰国後はポーカーに関する書籍翻訳を中心として、ポーカーニュースやソフトウェア、映像などの翻訳を通じて、日本でのポーカー普及活動に携わっている。 訳書は『ポーカーとゲーム理論』のほか『フィル・ゴードンのポーカー攻略法』<入門編・実践編>のほか、『ポーカーエリートの「公然の秘密」 頻度ベース戦略』『エド・ミラーのハンドリーディング入門』『エド・ミラーのエクスプロイトポーカー』『エド・ミラーのポーカースクール ライブゲームで勝つ』(いずれもパンローリング)など多数。 2012年JPT日本オンラインポーカー選手権優勝。
正誤表
本書に誤植・表記漏れがありました。お詫びして訂正いたします。
P152 下から11行目
【誤】2スペードでは24%のエクイティがある。
【正】2スペードでは45%のエクイティがある。
P211 2段落2行目
【誤】だがベッ トする中で弱いハンドが強いブラフだけだと、〜〜
【正】だがベッ トする中で弱いハンドが強いドローだけだと、〜〜
(カジノブックシリーズ28)
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