私の先輩であり、友人であり、同僚でもある松川・アギレ・行雄はたいへんな読書家である。自宅に遊びに行くと、部屋の壁一面を埋め尽くす東西の奇書珍書の類に驚かされる。アギレが勧めてくれた本はこれまですべて読んできた。そのほとんどが軍記、軍略、合戦もので、経済書や相場に関するものはなかったように思う。
そのアギレがただひとつ、株式相場に関するもので勧めてくれた本が、「シーゲル博士の株式長期投資のすすめ」。初版が1999年なのでずいぶん前に教えられたのだが、元来の不精がたたって、読んだのはつい最近になってからである。
アギレの他のオススメ本と同様に、やはりこの本も読んでみて非常に有意義だった。シーゲル博士の手によって、マーケットに伝わる数々の常識が容赦なく覆されてゆく。しかもそれが、過去100年以上にまたがる膨大な米国株式市場のデータ分析に基づいているものだけに、誰も反論のしようがない。
博士曰く、「株式は債券よりもリスクが小さい」、「株価は政治や経済の大ニュースでは動かない」、「小型株と大型株のリターンはほとんど変わらない」、などなど。
本書の貴重な点は、膨大なデータに基づく徹底した市場分析にある。そのようなデータを集めたという事実に驚嘆する。私にとって貴重だったのは、①「暗黒の木曜日」と称される1929年10月24日前後のNYダウの日足チャートが掲載されていること、②1970年代に「ニフティ・フィフティ」と呼ばれ興隆をきわめた50銘柄の詳細分析、③米国の大統領選挙前後の株価の動きが過去100年間にわたって記されていること、そして、④あまりに有名な「1月効果」などのアノマリー分析、などが特に意義深かった。
本書で紹介されているように、ジェレミー・シーゲル博士は、マサチューセッツ工科大学(MIT)で博士号を取り、現在はペンシルバニア大学ウォートンスクールのファイナンスの教授。1994年に全米のビジネススクールの中でトップの評価を得て、その年に本書を執筆しベストセラーになった。理論ばかりでなく、シーゲル博士は今もウォール街の複数の証券会社でコンサルタントを勤めているらしい。
株式投資に関する書物には流行のようなものがあるが、本書のように豊富なデータに基づく実証分析レポートは、時代の波に埋もれることなく長く世に残るだろう。おりしも2004年は、シアトル・マリナーズのイチロー選手が年間262本のヒットを打ち、1920年にジョージ・シスラー選手が作った257本を抜いて大リーグ新記録を樹立した、記念すべき年である。大恐慌以前の80数年前に思いを馳せるにはもってこいの年ではないだろうか。この100年間、いったい何があったのか。
残念な点は、翻訳に誤字脱字が非常に多い点。漢字の送り仮名の間違いまで含めれば、おそらく平均1ページに1箇所はミスが見つかる。これほどまで間違いの多い本も珍しい。原著の持つデータの希少性を損なうものでは決してないが、その点だけをとっても実に貴重な一冊であるように思う。