バリュエーションの本質に初めて触れさせてくれたのがこの本だ。
“MBA”という少し怪しげなタイトルは差し引いても、その内容は秀逸である。
まず、企業価値評価をテーマにした本の多くは、学術的な議論や複雑な数式にはまりがちだが、本書は違う。作者の原体験(失敗談もふくむ)をもとに、投資銀行で実際的に行われているやり方を丁寧に紹介しているので退屈がない。加えて、EBITDA倍率など、M&A業界で一般的に使われる用語についても、その本質をシンプルに解説しており、初心者であっても、すーと頭にしみこんでゆく。読後、「こんなに簡単に企業価値の本質がわかっていいのか」という不安さえ感じるだろう。本の価格は2,400円と高めの設定だが、本書から得られる価値はそれをはるかに上回るはずだ。
本書が良書であることは間違いない。ただし個人投資家が本書を読んで、即、自身の株式投資に活かせるかというそれは難しい。その理由は主に二つある。
ひとつは本書で紹介するDCF法などを用いたValuationには、やや複雑な計算や詳細な財務情報が必要になるため、個人投資家にとって敷居が高くなることである。しかし一方で、PERやPBRなどといった簡易指標では、もう物足りないと思っている中級投資家諸氏にとっては、本書は良いValuation入門書となるかもしれない。
理由の二つ目は、本書が、ビジネスマン向けに書かれたM&A時の価値評価の指南書であり、純粋な個人投資家の投資判断にはそぐわない面があることだ。たとえば相対取引で価格が形成されるM&Aでは、買い手と売り手の交渉力の違いやその意図によって、買収価格に各種のディスカウントやプレミアムが加味されるが、基本的に会社に対して影響力を持ち得ず、受動的に株の売買を行う個人投資家にとっては、このような視点を投資判断に持ち込む意味合いは薄い。一方、個人投資家は、本書で述べられている純粋理論的な企業価値だけでなく、市場価格を形成する相場要因やカタリストに対しても目を向ける必要があろう。
ただ、M&Aの現場で、どのように企業が「値付け」されているのかを知りたい読者にとっては、大きな気づきが得られる。
オススメの一冊である。